2010年4月23日
環境委員会 〜鳩山25%削減に異議あり@〜


○樽床委員長 次に、古川禎久君。
○古川(禎)委員 自由民主党の古川禎久です。
いよいよ法案審議もきょうからスタートということですが、これまでの委員会におきまして、事実上さまざまな質疑が重ねられております。そんな中で、およそ論点となるところは大体出そろっているような気もいたします。
私は、それぞれの立場で、よって立つところの学説あるいは論理の違いのみならず、どうも、政治姿勢と申しますか、もっと大きく言うと、科学というものに対してどのような認識を持つかというような、もっと深いところで意見の違いがあるのではないかなというような感想もまた持っておりますので、きょうは本質的なことも含めて御質問させていただこうと思うんです。
その前に一つ前置きとして申し上げたいことは、人間の活動が地球環境にどのような影響を与えるかということについての研究というものは、そんなに古い歴史があるわけではありません。それより古いのは経済学のモデルの歴史ですけれども、正当と思われておったものが実は相当に恣意的なものだったということがわかった、マネタリズムとかそういうものもあるでしょうし、あるいは、歴史の最終段階とされる形態が実は非人間的で、社会に悲惨な結果をもたらしたということもあった。これは歴史の証明する歴史的な事実でございます。
つまり、モデルに対する過信というものが、ともすれば人々を振り回し、人々を悲惨な目に遭わせてしまうということに対して、やはり人間は謙虚にならなきゃいけないということを教えていると思います。人知の限界に対する謙虚さ、これは前の委員会のときにも私申し上げたんですけれども、私ども、温暖化対策、温暖化問題というものを扱うに当たって、これをやはり腹の一番底にきちんと置いておかなきゃならぬのではないかということを思うわけです。
私たち自由民主党はみずから保守党であるというふうに自認しておりますが、英国のエドマンド・バークも死者の民主主義というようなことを言っております。要するに、今生きている自分たちが万能だということであってはならぬ、歴史あるいは自分たちを超えるもの、こういうものに対する慎みというものが大事であり、それをたっとぶ精神が保守の心であるということだと私は思うんですね。
ですから、地球環境問題、ある一定の地球環境に固定しようというような考え方、あるいは人間にとって都合のいい状況に地球規模で自然環境を変革していこう、移していこうというような考え方は、行き過ぎてしまうと、ともすれば大変不遜なことになりかねない。そういう深い問題をはらんでいる、それが今私どもが議論しておるところの温暖化の問題であるというふうに思うわけです。
その意味で、きょうの午前中の我が党の吉野委員とのやりとりの中で、吉野委員が、これは国民とのやりとりと丁寧な説明、手続を踏んでやるべきではないかという趣旨の発言に対して、大臣が、政権交代があったんだ、マニフェストでもって国民に周知してあるんだというような御発言がありました。これは、大臣の本意ではないといいますか、私の受け取り方もあったのかもわかりませんが、やはりそこは、謙虚さという意味では、慎重に御発言をいただくべきだろうと思います。
どのような政策も、時間の経過とともに再検討されてしかるべきだと私は思います。それは、時間の経過とともに事情もいろいろ変わるでしょうし、あるいは科学的な知見、考え方、新しいものが見出されるということは往々にしてあるわけですので、だから、政策の再検討をするということ自体は決して恥ずかしいことではない。むしろ恥ずかしいことは、新しい現象あるいはそれが示唆する本質的な問題が明らかになったにもかかわらず、そこに正面から向き合おうとしないこと。以前自分が唱えた主張に対して、メンツもあってか、そこに固執するということがあっては、かえって不正義ということになってしまうんだろうというふうに思うわけです。
ちょっと前置きが長くなりましたけれども、政策は再検討をして何ら恥ずかしいことではないんだ、それが国家国民のためになることであるならば虚心坦懐にそれを行うべきであるということをまず強くメッセージとして私は申し上げたい。
さて、昨年九月、政権交代直後、国連のスピーチで鳩山新首相が、温暖化をとめるために科学が要請する水準に基づくものとして、一九九〇年比でいえば二〇二〇年までに二五%削減を目指します、こう表明されたわけです。
麻生政権におきまして、私も環境省におりました。その麻生政権で打ち出した中間目標がどういうふうにして決定されていったかということも私はつぶさに見ておりましたから、正直言いましてこの鳩山首相のスピーチにびっくり仰天です。愕然としました、大丈夫かと。京都の約束ですら苦しいんですよね、厳しいんです。大変な思いをしているんですけれども、この二五%は現実離れしている、これが率直な私の感想でありました。
大臣、どうして鳩山首相はあのときに、具体的な根拠もなく、当然のことながら国民との合意はないわけです、説明をする時間もないわけですから。それなのに、なぜいきなり国際社会を相手にしてああいう思い切ったことをおっしゃったんでしょうか。大臣、どう思われますか。
○小沢国務大臣 鳩山さんという人は、ある意味でいうと、いつもは大変おとなしく、外から見て何となく、大丈夫かな、頼って大丈夫かな、こうお思いになるところもあるかもしれませんが、いざというときには本当に思い切った行動あるいは決断をする方でありまして、私も十数年そばでお仕えをしてきてつくづくそう思います。
ただ、この二五%というのは、古川委員がびっくりしたとおっしゃいますけれども、何でびっくりしたのか、私の方はそれがよくわからないところがあって、なぜかというと、これは本当にこの委員会で何度も繰り返しになりますが、民主党は野党のときずっとそれを言い続けたのであります。法案も出したのであります。そのときに、皆さん方はそういう話もずっと承知をしていていただいたはずなのであります。マニフェストにも書かせていただいて、国民にも訴えさせていただいたんです。
でありますので、この件に関しては、鳩山さんが突然どこかから、たんすの中から何か引っ張り出してきてぽんと出したというような話ではなくて、民主党の中ではかなり積み上げた議論をしてきているし、その間には当然各界の皆さんとも話をしてきている。ある意味でいうと、当時与党だった皆さんあるいは産業界の皆さんが、どうせ野党の言うことなんて大したことないと思って、もしかしたら右から左に行っていたのかもしれませんが。
そういうことですから、我々の中では、本当にそれはごくごく普通のこととしてとらえさせていただいた話でございます。
その前にはもちろんすごい議論がありましたよ、決めるときは。(古川(禎)委員「何をねらいとしているんですか」と呼ぶ)
○樽床委員長 ちょっと、不規則発言しないで。
○小沢国務大臣 だから、決めるときはいろいろな議論はありましたが、そういった意味ではそれは全く普通のこととして受けとめさせていただいたし、まさに地球の温暖化をとめるためには、IPCCを初めとする科学の要請する数字の中でそのことは必要なことだ、こういう判断でございます。
○古川(禎)委員 私が今お尋ねしたのは、なぜああいう思い切ったことを総理はおっしゃったのだろうかと。これは総理が御自身でいろいろな場面で言っておられます。それは、国際交渉、要するに、新しい枠組みをつくるに当たって、国際交渉において外交上の主導権を我が国が持つためである、そのために思い切ったことを打ち出すのだということを言っておられるわけですね。それは私も理解をするんです。それは大いに理解するところです。確かに大事なことですね。
しかし、では現実的にどうだったのか。去年のCOP15もあったわけですけれども、そういうことを踏まえた今、その総理の意図、国際交渉において日本が主導権を握るんだという目的は達せられたのか。いかがですか。
○小沢国務大臣 最終目標はまだまだこれからだと思いますが、十分効果はあって、鳩山総理の発言以降、韓国、あるいはブラジル、米国、中国等々がいわゆる削減目標を発表いたしました。それに大変大きな影響力は持ってきた、こう思っております。
○古川(禎)委員 大変申しわけないことですが、言いにくいことだけれども、大臣、我が国は主導権を発揮できなかった、主導権の獲得に失敗した、残念ながらこれが事実でございます。先日も我が党の齋藤健委員が衆議院本会議場で申し上げたとおりでございました。
私は、今の政権あるいは日本政府をおとしめたくてこういうことを言っているんじゃないんです。つまり、昨年九月のあの総理の思いというのは不発に終わったわけでしょう。そうしますと、一たんここで、その理由を分析した上で、次なる戦略をもう一回描き直すべきではないかということを思うんですね。所期の目的は達せられなかったんです。であるならば、一たん立ちどまって戦略の練り直しをする、そういう状況の中で今回のこの温暖化対策基本法案についても議論がなされるべきではないか。
その総括のないままに、一本調子で何やらこの努力が続いておる。冷静さを失っているのではないか、前のめりになり過ぎているのではないかという懸念を持つんですが、いかがですか。
○小沢国務大臣 ちょっと質問の御趣旨を僕が勘違いしているのかもしれないんですけれども、失敗したという話は私は全く言っておりませんし、国際社会の中では、日本の二五%というのは、先ほどのドイツの研究機関、世界全体でまだまだ足りない、しかし、水準に達しているのはノルウェーと日本だけ、こういう評価もいただいております。
だから、失敗したという前提で見直せと言われてもなかなかお答えしづらいというのと、見直せということで、もし数字の目標を下げろということであれば、数字の目標を下げればさらに世界は、いわゆる削減目標は進むのでしょうか。数字の目標を下げればさらに世界は緩むんじゃないんでしょうか。そこが私にはよくわかりません。
○古川(禎)委員 いや、その大臣の答弁は、逆にこれは論理のすりかえでありまして、僕が申し上げたいのは、去年の国連のあの鳩山総理の意気込みやよし、こう申し上げているんです。しかし、齋藤健議員からの、この前のいろいろな世界のメディアの取り上げよう等々ありましたように、こちらが期待するような形で日本の主導権というものを必ずしも世界の国々が認めているわけではありませんよ。実際、存在感があるのは、アメリカであり中国であり、あるいは途上国であり、こういうことじゃありませんか。
ですから、それを目的とした上で総理はそうおっしゃっているんだから、国際的なイニシアチブをとるんだ、こうおっしゃったけれども、それが必ずしもそうならなかったということを一たんやはり総括した上で、そして今後の我が国の温暖化対策はどうあるべきかということを冷静に考えるということは大事なことじゃありませんか。
○小沢国務大臣 そのメディアの取り上げ方というのも私にはよくわからないんですけれども、アメリカと中国がメディアで注目されたのは、アメリカと中国は、今まで一切、京都議定書等々でそういう具体的な目標で入っていないからです。世界じゅうがこの二つの国を、とにかく減らさなければいけないという思いで注目をしていて、それにこたえていないからみんな注目をしたんです。ですから、途上国はなおかつ、大変困っている島嶼国や何かがありますから、そういったところで注目をしたのであって、日本がこれでもし二五%じゃなくて、例えば麻生内閣の八%という話であったら取り上げられたんでしょうか。全くそこはよくわかりません。
○古川(禎)委員 鳩山総理が強いトーンで高らかに、高いハードルをみずから掲げたのは、世界各国を新しい枠組みの中に引き込みたい、そういう政治的な成果を上げたいというところがあったわけですよね。しかし、現実はどうだったかというと、これはやはり成功したとは言えないでしょう。残念ながら、世の中は簡単にいくものじゃないから、その所期の目的を達することができなかった。これは謙虚に認なきゃいけないと思いますよ。
科学の要請。大臣、これはもう総理も大臣もおっしゃるわけですが、この科学の要請ということについてお聞かせください。
○小沢国務大臣 科学の要請の前に、結論はまだ出ていないわけです。ですから、ぜひそこは、そう短兵急に御判断をいただかないようにお願いをしたい。
科学の要請に関して申し上げますと、世界じゅうの四百五十名を超える代表執筆者、八百名を超える執筆協力者、二千五百名を超える専門家の英知を結集してまとめられたIPCCの報告書のことを指してございまして、さらにはまた、午前中も申し上げましたが、世界各国がそれぞれの政府のもとにおいてその報告書を検証し、さらには承認をした報告書でございます。いわゆる一機関、一研究所の、例えば何人かの科学者が出したという報告書とはある意味では決定的に重みが違う、そういう報告書だと思っております。
○古川(禎)委員 IPCCの第四次評価報告書、より正確に言うと、温暖化被害を抑えるシナリオの一つとしてここに記載された、先進国全体で九〇年比二五ないし四〇%の削減、この数字を指しておられるんだろうと思うわけですね。
これはもう皆様御存じのとおりで、繰り返しになりますけれども、この報告書は、気候変動の百七十七個のシナリオを取り上げております。これを六つに分類しまして、このうち、この二五から四〇%削減が必要とするものは、これは最も厳しい、大気中のCO2濃度を低いところで安定化させるというカテゴリー1に属するわけですね。このカテゴリーに属するシナリオは、百七十七のシナリオのうちのわずか六個、極めて少ない。しかも、そのうち三個は同じ研究者の手によるものであります。
温暖化対策の世界的権威であります茅陽一先生の著書「低炭素エコノミー」の中で、このシナリオが可能となるのは、二十一世紀後半でエネルギーの大部分がバイオマスに転換され、しかもバイオマス消費から排出する二酸化炭素をCCS、地中貯留で処理するといった極端な方策が必要で、ほとんど実行は不可能だ、こうおっしゃっているんです。
EU提案の産業革命以降の二度以内と言っているのは九六年からということなんですけれども、当時の感覚と今は科学的知見を含めて随分変わってきているんだ、したがってそのシナリオはかなり極端だということを茅先生はおっしゃっています。
この本の中でこういう記述があります。
先進国が二〇二〇年に一九九〇年比で二五―四〇%削減が必要というのは、IPCCを含めて関連の科学者が合意したことでは全くなく、ごく一部の科学者が特定の想定のもとに提案した考えに過ぎない。我々は、今後排出目標の策定にあたっては、IPCCの発した情報を正しく用いるよう、あらためて世界に強く訴えていくべきだろう。
さらには、こういう記述もあります。
IPCCは温暖化問題の科学的知見を集約し、その重大性を世界中に認識させたという点ですばらしい貢献を果たしてきた。しかしながら、とりわけ近年の温暖化抑制に関する提案には、IPCCの報告書に書かれていることから一歩踏み出して解釈され、それがあたかもIPCCが述べているかのように多くの人に信じられてしまっている点もいくつか見受けられる。温暖化に関する科学的知見の世界的な集約としてのIPCCという権威の衣を着て一人歩きしてしまうので、厄介である。
この茅先生の主張に従いますと、大臣のおっしゃる科学の要請ということは、まず事実認識においてよって立つ基盤を失うんですね。
先ほど午前中に、小沢大臣と前の環境大臣でありました斉藤先生がやりとりをしておられました。両者とも上昇二度以内という共通の認識を持った上でのやりとりをしておられたというふうに思いますけれども、これは本当に大丈夫なのかなと率直に思うんですね。
冒頭でも申し上げましたように、ここは虚心坦懐に、改めて国際的動向だとかあるいは最新の科学的知見に耳を澄ましてみる、そういう謙虚さが求められる場面だと思うんですけれども、大臣、いかがですか。
〔委員長退席、横光委員長代理着席〕
○小沢国務大臣 私は日ごろ、少しおまえは謙虚でおとなし過ぎるからもう一歩前に出ろとよく指摘をされる人間でありますが、どう謙虚に考えても、今回の二五%は、例えば野党であられる公明党の皆さんも出している数字でございます。そういった意味では、与党、野党違いますけれども、立場を超えてそういったものが必要だという皆さんたちの人数がこの国会の中では相当多数ある、こういう状況だろうと思います。
茅先生のその御指摘は、私もある意味では傾聴に値する話だとは思いますけれども、一科学者の先生方の御意見ということであればいろいろな意見がおありになるわけでありまして、そういったものを網羅的に判断した上で、この国会の中で多くの皆さんが、そういったいろいろな研究成果を背景にして考えたときに二五%削減が必要だということで提案がされているということでありますので、これ以上謙虚になっても、この話は結論が変わるものとは思いません。
○古川(禎)委員 この茅先生の著作は、結論としてこういうことをおっしゃっているんです。「温暖化の影響と温暖化抑制のコストのバランスを考えて対策目標をたてるべきだ、」と。つまり、バランスが大事だ、こう言っているんですね。
地球を守るために、命を守るために、何が何でもやるんだであってはいけないんですね。情念や思い込みで突っ走ってはいけない、冷静に客観的に考える姿勢が大事だ。そのためには、謙虚にいろいろな意見に耳を傾けることが大事だと私は思っているんです。
四月二十日の衆議院本会議場で、たびたびお名前を出して恐縮ですけれども、我が党の齋藤健委員が、大臣がシミュレーションについて都合のよいものばかりを出す、恣意的操作がなされていると指摘をしたわけですね。そのときに大臣はこう答弁されています。具体的にどこがどういうふうに悪いのか、批判をいただくのであれば幾らでもお答え申し上げますけれども、そういった具体的な提示がないままの批判というのは当たらない。
謙虚にとおっしゃるんだけれども、これで本当に国民に理解を求める姿勢というふうに言えるんでしょうか。
モデルとかシミュレーションというのは、これは恣意性を持つんです。当然です、設計者の基本的な考え方によって変わりますから。公平、客観性を保とうと努力しても、人によってバイアスがかかるものなんです。だから、複数のモデルあるいはシミュレーションを試して、それを公表して、そして説明をして意見交換をして、これが科学の姿勢なんじゃないですか。ですから、そういう意味で、私は、謙虚に謙虚にとしつこく言うのも失礼に当たるかもわかりませんが、やはりそういう若干の懸念がぬぐえない。
私は、今の温暖化問題ということに対する向き合い方について、一種の空気みたいなものを感じているんですね、こっちのいろいろな声も聞こえてきますけれども。かつて我が国に、満蒙は日本の生命線という言葉が叫ばれる時代がありました。そういう空気、それに反対することは難しいような雰囲気、そういうことというのはあるんですね、時代によって。
そのときに、石橋湛山、東洋経済新報ですね、大正十年の「大日本主義の幻想」という社説があります。石橋湛山はここで、実に見事な論理でもって、堂々と国策の非を鳴らしております。私は、この石橋湛山の主張が正しいかどうかということを今ここで言いたいわけじゃないんですよ。けれども、国家の向かうところを左右する重要な国策を決めるに当たって、反対する意見にも耳を傾ける、十分議論を尽くす、説明する。そういう姿勢が欠けた場合に結果として何をもたらすか。それは歴史が教えるところですから、こういう歴史を鏡にするべきだと私は思うんです。
これは大きな話ですよ、温暖化対策。国民に対して大変な義務を課すことになるわけですね。勢いだけで、思いだけでやっていいというたぐいのものではないわけです。
さらに、石橋湛山でいえば、もう一つ例を挙げましょう、昭和五年の金解禁です。このとき石橋湛山は、実勢に見合った新平価での金解禁を主張したんですね。ところが、井上準之助は旧平価でやってしまった。そのタイミングというのも悪かったんです。直前にウォール街での大暴落です。そして、この大暴落を甘く見たんです。これは世界恐慌になったわけだけれども、通常の景気循環の中のそういうことだろうというようなことで、全く対応を誤ってしまったわけですよ。
それで、混乱が続きまして、政権交代です。民政党から政友会。そして、犬養内閣の高橋蔵相によって再び金輸出再禁止です。政策転換ですね。政権交代と政策転換です。けれども、タイミングを逸したんですね。ドル買い問題その他いろいろ問題があって、結局はこれが後の政情不安を醸成していったという歴史です。
ですから、温暖化対策という歴史的な事柄に今我々は直面しているわけでしょう。このとてつもなく大きな内容を含むものを議論するときに、慎重の上にも慎重でなければならないというふうに私は思うわけです。だから、温暖化対策は果たしてどうなのか、よって立つIPCCの二五―四〇というものは果たしてどうなのかという意見があるのであれば、やはりそういうものに対する判断を見誤らないようにというふうに思うわけであります。
私の申し上げたいこと、若干伝わったかなと思いますけれども、大臣に。
○小沢国務大臣 一生懸命耳を傾けさせていただいたつもりでいます。
何点か論点があったと思いますので、私の思いも申し上げたいと思います。
まず第一点は、石橋湛山先生は、我が郷里の生んだ唯一の総理でございます。そういった意味では、私も石橋湛山先生を目指して政治活動をしてきた人間でございますので、その石橋湛山先生の言葉というのは十分私も心得ているつもりでございます。大変リベラルで、経済通で、そういった意味では、私もそういう政治家になりたい、そう思ってやってまいりました。
二つ目は、満蒙の歴史と今回の話を重ねて御説明になられましたが、どうしても私はその二つの歴史が重なるように思いません。満蒙政策をどうとらえるかというのは人それぞれ立場があるのでありましょうが、今回の温暖化対策は、どこかの国に攻め入るとか云々ではなくて、この地球全体を守っていかなければいけない、こういうことであります。ある意味ではエネルギーがあるんだ。空気という意味でいえば、山本七平先生の研究ではありませんが、そういう空気が感じられる、こういう御指摘は、私は、地球を守っていくためには歓迎すべき空気だろうというふうに思っています。
それから三点目は、本当にそれが必要かどうかということの検証でございます。これも繰り返しになるわけでありますけれども、このIPCCの報告書というのは、とにかく、先ほど申し上げたような数の研究者が今までの科学的知見を総ざらいして、新たに研究をしたわけではなくて総ざらいをしてまとめ上げて、さらに各国がそれぞれそれを検証してきたものでございます。そういった意味では、旧政権の自公政権においてもそれはしっかりと検証していただいているはずの数字であると私は思っています。
そういう中で、二五%という数字だけを取り上げた、こういう指摘でありますけれども、これは先ほども申し上げましたように、今、与党、野党、立場が変わっておりますけれども、私どもと野党の公明党、ともに二五%という数字の意味を評価してやらせていただいているわけでありまして、決して民主党だけが思い込んでやっている数字ではない、こういうふうに思うわけでありまして、どうも意見がかみ合わないな、こう思っています。
加えて申し上げると、これは委員のお話にはありませんでしたが、いわゆる国民の皆さんの世論調査でも、温暖化対策は必要だという意見が、国民各層の中で、ちょっと今手元に数字はありませんが、七割に近い皆さんが支持をしていただいておるわけでありまして、反対しているのは一部の業界、一部の皆さんだというのが私どもの認識であります。
○古川(禎)委員 三点だけ申し上げて、次に移ります。
まず、攻め込むということをもちろん私も考えているわけではありません。それから、地球を守るために空気は必要だというふうにおっしゃいましたけれども、地球を守るという言葉は、大臣、慎重にお使いになった方がいいと私は思っています。三つ目、私が先ほど来申し上げたかったのは、要するに、丁寧に説明をする、数字を出すのであればその根拠なりをきちんと示す、それも公平な、バランスをとった、シミュレーションしたものを、モデルを提示するというような、そういう説明をきちんとしようという姿勢が大事であるということを先ほど来私は申し上げたかったわけであります。
次に移ります。 (Aへ続く)