井戸を掘った人

故・谷口勇孝さんへの弔辞より。
『……小学生の頃、礼儀正しくハキハキした女の子が転校してきました。お父さんは背筋がスッと伸びて柔らかい笑顔をされていて、私は子供ながらに素敵なお父さんだなあと思ったことを憶えています。それが谷口勇孝さんでした。
二十年の時が流れ、私は衆議院選挙に立候補するために故郷に帰ってまいりました。予想通り厳しい初陣となりましたが、選挙戦のなかで谷口さんは、さすがは元自衛官ですね、あざやかに陣営の指揮をとって下さったのです。見事な統率でした。その後の落選期間そして当選してからもずっと、谷口さんはそのお人柄と統率力でもって私を支え抜いて下さったのです。昨夜みんなで谷口さんの思い出話をしました。「責任は私が取ります」と毅然として陣頭指揮をとるお姿は、みんなのまぶたに焼き付いています。谷口さんはまぎれもなく、初めに井戸を掘って下さった方でした。
三週間前、病院に谷口さんを見舞いました。薬の影響なのでしょう、最初は会話が上手くかみ合いませんでした。けれどもしばらく両手を握っていると、谷口さんは苦しい息のなかからハッキリとこうおっしゃったのです。「絆を大事にしてください。ふるさとを守ることが国を守ることですよ…。」私は嬉しかった。生命尽きようとしている谷口さんが、力を振り絞って、私のために言葉を残して下さった。私は遺言だと思って心して聞きました…。
ご遺言の通り、しっかりと仕事をいたします。谷口さんが掘り続けてくださった井戸からコンコンと水が湧き出でて、ふるさとを潤すその日まで、御恩を忘れず精進致します。……』