西郷さんの数え唄

亡くなった祖父は、明治生まれで厳しい人だった。まだ小さい孫の私に、「西郷さんは偉かった。西郷さんは、優秀な若者をどんどん引っ張り上げた。お前たちも、大きくなったら西郷さんみたいな人になれ」と言って聞かせるのが口癖で、私も子供心に、西郷さんの侵すべからざる偉大さを感じたものだ。西郷が何を志した人なのか知るべくもなかったが、とにかくイメージの刷り込みはここで完成したと思う。
明治十年の西南戦争では、わが郷土からも多くの人士が薩軍に身を投じ、西郷とともに死んだ。私の母校である福島小学校の正門前にも戦死者の碑がある。
小学校時代、女の子のおはじき遊びの唄だったと思うが、みんなで唄った数え唄を覚えている。あれは五年生に昇級するときだったろう、四年一組のクラスメイトとはお別れだというので、校庭の大楠の下に集まって、みんなで唄ったのだ。
♪一かけ 二かけ 三かけて 四かけて 五かけて 橋をかけ
橋の欄干 腰をかけ はるか向こうを眺むれば
十七、八の姉さんが 片手に花もち線香もち
姉さん 姉さん どこ行くの
わたしは九州鹿児島の 西郷隆盛むすめです
明治十年戦いに 討死なされし父上の お墓参りでございます
お墓の前で手を合わせ ナムアミダブツと拝みます
もしもわたしが男なら 父上様のかたき討ち
梅には鶯とまらせて ホーホーホケキョーと鳴かせます♪
当時は何も考えずに唄っていたが、これは西郷への鎮魂にほかならない。考えてみれば、当時は西南戦争からまだ百年も経っていない頃だったのだ。

小学校の大楠